史料、伝承等不明。
「定本佐久の城」(1997年)で「仮説武田氏の飛脚かがり」の狼煙台と想定されているらしい。
「信濃の山城と館」でも、北佐久の各地から見えるこの独立峰は狼煙台を設けるには格好の山でその可能性が高いく 、山麗の「繰矢川城」のある「乙女」地籍は「大遠見」でのことで、大遠見の場との関連を暗示しているとしている。
武田氏の統治下で狼煙台として用いられたことに異論がないとして、それ以前はどうであったろう。近隣領主から戦略的にただ無視されていたのだろうか。また直近の「繰矢川城」、「北ノ城」や「塩川城」、「与良城」との関連はどうであったろうか。
糠塚山(ぬかづかやま)
Weblio辞書の糠塚「古墳、とくに、円墳や前方後円墳に対して用いられた伝承名。」とある。
「信州の伝説」(1970年)に、「この山の麓に昔、長者が籾糠を捨てた跡が残っているのが山名の由来」とあるが同じ話は各地にある。
糠塚山頂はかなり広い削平地で、白い佛舎利塔と金の釈迦如来坐像が印象的だが、往時の姿とはだいぶ様子が変わってると思われる。
佛舎利塔 。
「日本山妙法寺」。
福祉センター 。
北方向。この山からの浅間山の風景は素晴らしいと言う。
南方向。木立がなければ360度と言ってもよい展望だったのかもしれない 。
北側の「松井愛宕山城」から見た糠塚山。
南側の「森山城」付近から見た糠塚山。
2020、2月初訪
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