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2019年6月7日金曜日

無量寺@北佐久郡立科町茂田井

天台宗の寺で長保五年(1003)創立といわれ、もとは茂田井南側にあったが兵火に遭い現在の地に移したといわれる。

無量寺は、天台宗比叡山延暦寺の末寺で、本尊は薬師如来とされ来迎山無量寺という。この寺は長保五年(1003)三月創立といわれる。開山は僧恵心院源信とされているが、中期に兵火を被り、かつて茂田井南側にあったものを現在の地に移したといわれる。兵火に遭う前の無量寺は正林寺白山堂の仏閣があったことから旧地を現在大字無量寺とよんでいる、付近には正林寺・白山堂・五輪沢・五輪窪・大門脇・塔婆等の地名が残っている。  寺宝として焚文のある青石の古碑三面大黒天の古像と、大なぎなたがある。境内は東西約六十八米弱(三四間)南北約三十六米(十八間)面積二百七十二平米(六百二十八坪)あり、舊除地は石高十八石、五斗九合であったと云われる。
薬師如来本尊は檜材座像(高さ二尺八寸四分)で脇侍に日光・月光両菩薩を持ち、室町時代のものとして佐久地方では注目されている作例である。
立科町教育委員会
立科町文化財保護委員会

現時点で書籍資料等にあたっていないので案内板以上のことはわからない。
中期に兵火がいつの時代か。現在の地に再建されたのはいつか。


六地蔵

本堂。



鐘楼

寺から見て西側にある尾根が「無量寺廃寺址」。
東の倉見城と西の芦田城のちょうど中間の尾根に位置するが、芦田氏や米持氏らとの関連は不明。



2019、5月初訪

2019年6月4日火曜日

火ノ雨塚@北佐久郡立科町茂田井字上飯名田

芦田と茂田井の中間付近、諏訪白樺湖小諸線の道路脇に見える古墳であるが、ネット上に情報は見当たらない。
佐久市の遺跡MAPには古墳時代の遺跡「火ノ雨塚」としてあるが、発掘調査はされているのかも不明。「火ノ雨塚」という呼称は全国に珍しくないらしく、火ノ雨を避けた穴などという伝承が多いようである。
この古墳も名前が付いている以上謂れ伝承がありそうなものだが、きちんと調査していないので不明。
芦田方面を望む高台に位置していることから、その方面に関する権力者のものであろうか。
同名の古墳としては、佐久市桑原の「火の雨塚古墳」のほうが有名のようで石室も見られる。
「三界無縁仏供養塔」とある。



2019,6月初訪

足穂神社@東御市本海野岩下

西海野には二つの神社がある。 「足穂神社」は江戸期の村社で、飯縄権現が祀られ元飯縄権現と称していた下吉田村の産土神である。 一方の「 住吉神社 」は寛永8年(1631)千曲川の洪水で流された下深井村の氏子らにより大阪住吉神社から分祀し建立したものであるという。 西海野...