2019年11月20日水曜日

宇賀山砦@小諸市大字滋野甲

芝生田城(柴生田城)の北の丘陵に東漸寺があり、その東側に堀切遺構がある。
「信濃の山城と館」では東漸寺の山号にもなっている宇賀山から「宇賀山砦」と仮称し縄張り図を記している。
芝生田氏の館と考えられる遺構はあまりに貧弱であり、位置からしてもこの丘陵に詰め城、要害が築かれたものと思われている。

中心部は、北と西と東の三方を空堀で囲んで、北側には土塁跡がある。
尾根の東側は沢の切谷で天然の堀になっている。西の斜面下には宇賀観音堂があるが、防御的な遺構は見当たらない。
北の堀の東側に向かって道がついていて、東の沢に落ちているが堀切とも思える。
その北側一帯には土塁状の盛土が広範囲に見られる。

南の眼下には田畑の中に芝生田城が見える。付近の俗称地名に城東、城西、城の腰、馬場等があるという。
芝生田城付近から見た宇賀山。

東漸寺門柱。この正面が宇賀山砦。

階段を上ると中心部。
中央に関東大震災供養塔が建ち、奥に土塁が確認できる。

土塁。

土塁北側は空堀で、この堀は南側を除くの三方を囲んでいる。

北側から見た空堀と土塁。

北側の空堀に延長するようにある道は、堀のようにも見え、東側の沢の切谷に落ちている。沢は意外に深く天然の堀の役割をしている。

東側の沢。
沢の底は、沢が終わる南端に鳥居や稲荷宮石祠、磐座などがある。


北側の空堀に戻って、北側一帯には土塁状の盛土が広範囲に見られる。
「信濃の山城と館」では耕作のときのものか往古のものか判断出来ないが、或いは外郭として増設したものともとれる、とある。

北西一帯は緩い斜面の雑木林だがその中に天神社が祭られている。

北西一帯は緩い斜面、東側の沢の北側一帯はゴルフ練習場で北限はよくわからない。
芝生田氏居館」でもかい書いたが、永享八年(1436)「芦田下野守征伐」の芝生田・別府両城にはここも含まれるかもしれない。


2019、11月初訪

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